D'ac

元銀行員。現在:写真撮影・加工。金融ライター・翻訳。子育てられ中。

英語できないって言ったって、私よかマシだと思うし、そんな私でも翻訳家になれたよってことを伝えてみたい。

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今でこそ、「TOEIC800点あるんですか? じゃあ、英語ぺらぺらですね?」なんて勘違いをされること(ペラペラではありやせん。)も増えてきたのですが、実際、私は英語がかなりできなかったほうでした。

 

 

高校時代は0点を取ったこともしばしば。実物をお見せ出来ないのが甚だ残念ですが、大抵の英語のテストは見返されることもなくゴミ箱直行でした。英語の宿題は友達にいつもコピーさせて貰っていました。
ありがとう、Yちゃん。(今でも大親友。)

 

高校卒業近くになって、担任の英語教師に「授業中にかかっているCDって教科書をそのまま読み上げてるんですね。」なんて伝えて絶句されたのはいい思い出です。あの時の先生の顔が忘れられません。そりゃそうですよね。3年間教えてきて、卒業間近でそれでは救いようがありません(3年間同じ英語教師が担任でした)。

 

あまりに内容が聞き取れないため、教科書の中身をそのまま読み上げているとは全く気づいていませんでした。それに気づいたときに、コロンブスの卵なみの大発見だと一人で盛り上がっていたのですが、先生に伝えたのは間違いだったのでしょう。


こんな私ですが、英語嫌いになる転機は人生の随所に仕掛けられていました。

 

英語苦手意識植え込みエピソード1
先生が黒板に「15」という数字を書いて、「おい、○○、これ英語で読んでみろ。」
いたいけな少女時代の私:「ふぃ、ふぃふてぃー?」
意地悪そうな先生:「もう一回言ってみろ」
私:「フィフティー!」
意地悪な先生:「ンが抜けているな。お前に点数はなしだ」
私:しょぼーん。

 

英語苦手意識植え込みエピソード2
英語の朗読が当たったあと
クラスメイトA「○○ちゃん、発音間違ってたよね」(クスクス)
クラスメイトB「先生、何も言わんかったけどね」(クスクス)

 

プライドが高い根暗の私は、このような羞恥心を煽るような場面場面で段々心を折られ、そして、誓ったのです。

 

「英語なんてできなくても生きていけるわ」
「なんなら、みんな日本語しゃべれや!!」

 

そんなこんなで、英語と名のつくものは完全拒否。英語の勉強はしない。そう心に決めて、高校を卒業し大学に入学し、大学では先生に泣きついて単位を認定してもらい、社会に出ました。社会に出たら、当然英語なんて必要ありません。(会社の人事部が英語のできる同期を褒め称えようが、基本スルー。)

 

さて、そんな私ですが、どうして英語を勉強する羽目に陥ったことになったのでしょうか。

 

 

人生の転機・病気そして入院。退職へ。


新卒で割と名の知れた大手に入社した私は人生の春を謳歌していました。
ところがある日、病気に。(個人情報保護のため、詳細は伏せます。)
あーなってこーなって、みるみるうちに退職。そして実家に出戻り、自宅警備員をすることになったのです。
*自宅警備員・・・世の中でもっともセレブな職種。三食昼寝がついてくることが多い。

 

三食昼寝し放題、そんなある日思ったのです。
「もう、社会復帰できんかも!!」
―こんな何もできん豚なんて誰も拾ってくれないし、大体、スキルなしの新卒流れなんて採るような会社なんてないだろ・・・

時は折しも、リーマンショックの後。新卒ですら就職が難しい時期でした。

 

そして、浅はかな冴えている若かりし日の私は思ったのです。
「英語できたら、どうにかなるんじゃない!?」と。

そんな感じで、私の英語攻略の旅が始まったのです。


ちなみに高校時代の英語レベルはリスニングテスト・ゼロ点。
文法はテスト前の詰め込みで多少。基本カタカナ読み。

 

再勉強しようと思ったときの英語レベルはそこからマイナス状態。
苦手意識をこじらせて、まさにコンプレックスの塊でありました。

 

何とかなったよ。

 

さて、そんな私でも、TOEIC800を実現。ジャンル限定ですが、翻訳までこなすようになりました。まあ、誰でもやれば出来るってことです。

時々「英語が全然できないけど翻訳家になりたい」という人がいますが、全く問題ないと思います。

 

そんな私の勉強方法は近日公開予定!・・・なるかな。