D'ac

元銀行員。現在:写真撮影・加工。金融ライター・翻訳。子育てられ中。

子どもを愛せないときに。

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昨日、久しぶりに友人とランチをしてきました。
彼女は妊娠7か月の妊婦さん。順調なようでなによりです。

 

私もそうでしたが、妊娠時には不安が尽きないもの。
そんななかのひとつに「子どもを愛せなかったらどうしよう」。
彼女に問いかけられて、答えが分かりませんでした。

 

 

最悪の答えが「親だったら、子どもは絶対愛せるよ」というものだということは瞬時に分かったのですが、だからと言って何といっていいか分からず、「どうしたらいいんだろうね」とだけ返しておきました。

 

世の中には子どもを愛せない親がいます。それで苦しんでいる人も多くいます。
すべての男性に父性がオプションとして備わっていないのと同じように、すべての女性に母性がオプションとして備わっているわけではありません。

 

そして、「すべて女性は母性がある」という固定観念に苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。

 

私は心理学に詳しくはありません。子どもを愛せないという悩みについて的確な答えを持っていないかもしれません。でも、自分なりに一つの答えを出しておこうと思います。

 

自分はどうだったのか。


私は帰って、自分の子どもが生まれた直後のことを思い出しました。
そう、生まれてひと月は、「可愛い」という感情よりも「死なせたらどうしよう」という不安が勝っていたことを。


抱っこで落としてしまったら? 突然死してしまったら? 熱を頻繁に出していた私は自分が倒れた時などに長く発見されなかったらどうしよう、それがお風呂でだったら? ととにかく最悪の事態ばかりを考えていました。


「この子が無事大人になる」そんな大業を私に果たせるのだろうか、と。

この心配の感情は愛でしょうか? たぶん愛でしょうね。
そして、それは好き・嫌いといった次元ではなく、きっと責任、そして、関心というものなのでしょう。

 

愛とは責任と関心である。

 

ちょっと別の話をさせてください。
私は父と反りが合いませんでした。父は私の神経質なところや理屈っぽいところ、頑固なところ、そして傷つきやすいところ、そういった全てを疎んでいました。


母は、そういった父から私を守ってはくれませんでした。家を離れるまで、私はいつも傷ついて生きていたと思います。

 

ただ、父が私を愛していなかったかと言うと、そうではないと、大人になった今なら言えるのです。父は私に衣食住を提供してくれました。進学もさせてくれました。父は私の性格や気性は嫌いだったのでしょう。でも、愛とは好きや嫌いを超越したところにある、今ならそう言えるのです。

 

私自身、両親を好きかと訊かれるとよくわかりません。嫌いというわけではありませんが、好きか嫌いかで語るような対象ではなく、それを遥か超越したところに彼らはいるからです。あの人たちがいなければ、私はとりあえずいなかった、と。

 

子どもを愛せないという悩みについて。


「子どもを愛せない」という悩みは、既に子どもがそこにいるものとして、深い関心と責任でもって構成されているように感じます。


その関心が愛ではないのであれば、この世に愛は存在しないのではないでしょうか

 

そして、深い関心と責任感に押しつぶされそうなとき、「子どもを愛せない」という悩みに変わるように思います。


「オムツを毎日代えてやって、夜泣きに付き合ってやらないといけない。こんな生活もういやだ」と思う場合に、オムツ替えや夜泣きを一旦、あなたは引き受けていることになります。この引き受けは愛そのものです。


「育てるのしんどい」これもそうです。自分がやらないといけない、そう思って引き受けているからしんどいのです。

 

「○○するのが辛い」=「子どもを愛せない」という結び付きは言ってみれば、「仕事が辛い」=「だから死にたい」というような結びつきと非常に似ています。

 

死ぬんじゃなくて、転職や休職を考えるべきですよね? 正常な思考であれば、そうできます。けれどあまりに疲れすぎて追いつめられるとそれができません。
それと同じように、子どもを愛せないと悩むんじゃなくて、その負担をいかに軽減するか、それについて考えていきましょう。

 

親に頼ることはできるか、ベビーシッターや保育園はどうか。
楽する方法を考えていきましょう。子育てで楽することを考えることは罪ではありません。

 

ちなみに、本当に子どもを愛していない、つまり責任も関心も感じない親もいると思います。そういった人は悩んだりもしないので、ここにたどり着くこともないですし、何の答えも欲することはないでしょう。


そういったところでは、子どもに手を差し伸べる第三者の愛が必要になるのでしょう。それについての回答は今は持ち合わせていないので、差し控えたいと思います。

 

とりあえず、「子どもを愛せない」という悩みについての私なりの答えは以上です。友人が読んでくれることを祈って。

 

 


真面目に書き過ぎた。以上!!

 

写真はこちらから(http://www.photo-ac.com/