D'ac

元銀行員。現在:写真撮影・加工。金融ライター・翻訳。子育てられ中。

健常者は潜在的には障がい者である。2

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最近の事件を受けて、以前に書いたことを再掲したくなりまして。

 

peticonbu.hatenablog.com

 
私の考えは変わっていません。
 
私は健常者は潜在的に障がい者であると考えます。
いつそうなってもおかしくない。
だから、障がい者福祉とかは、障がい者のためにあって、障がい者のためだけではない。
障がい者が可哀想だから、そういう制度があるわけではない。
いつ何時、だれが障がいを持つことになっても、生きていける。幸せになれる。そういう保証を得るためのものだと思うのです。
 
「障がい者はいないほうがいい」とします。
じゃあ、どこからがいない方がいい障がい者なのか。
誰が障がい者なのか。
障がい者でも、何らかしらの生産活動に従事している人がいます。
そういう人は、障がい者でもいた方がいいと仮定できるかもしれません。
 
じゃあ、逆に健常者でも何の生産性もない人もいる。そういう人は排除されるべきか。
人はみな歳をとる。その状態はある意味、障がい者と同じではないのだろうか。
そうしたら、加齢による機能不全により人は排除されるべきなのだろうか。
 
「障がい者のいない社会をつくる」ということにした場合には、まず「誰が障がい者か」を明確にしなければならない。
そうすると、だれが障がい者なのか。私か。あなたか。自分の子どもか。親か。
明日には、事故で不自由な体になるかもしれない。何か後遺症が残る重たい病気になるかもしれない。
それは私かもしれないし、私の子どもかもしれない。
 
それでも、障がい者がいない方がいい、って言いきれるのだろうか。
 
弱者の理論って言われるかもしれない。私は強くはないから、そんな社会ではうまく生きていけそうにはない。
 
もちろん、財政難だったり、いろいろな社会的資源が限られている中では難しい問題なんだと思う。
ただ、今は過渡期なのではないでしょうか。障がい者にやさしい社会は、きっと誰にでも優しい社会。人類が辿り着きたい場所。
蓋をして見ないふりをしたら、私たちはこれ以上どこにも行けない。
 

最近は障がい者へのヘイト発言も多いようです。
だから、自分の意見を発信しておきます。
難しい問題にたいして、十分な準備なしに乱文を書きましたことをお許しください。
 
以上。
 

追記)夫に、「この文章だと障がい者がいない方がいいって読める」って指摘されました。自分自身は文章の不備がどこから発生しているのか、理解できないので、追記という形で補足しておきます。
「障がい者がいない方がいい社会」というのは弱者に厳しい社会です。
私もあなたも、あなたの大事な人も、いつ障がい者になるかわからない。そして、障がい者に厳しい社会は、健常者にも厳しい社会になるのは間違いない。効率や生産性が最優先されることになるから。
自分が余裕がなくて弱っているとき、つい矛先を自分よりも弱い弱者に向けがちになるけれど、でも、それはいつか自分の首を絞めることになるから。常にほんのちょっとでいいから、想像力をもっていたい。
障がい者にやさしい社会こそが、いい社会だって、ちょっと考えたらわかるはずだから。
 
追記2)
「それでも、そうは読めない」そうです・・・。理由を誰か教えてください。
だから、一応アップしてみて問題がありそうだったら取り下げます。