D'ac

元銀行員。現在:写真撮影・加工。金融ライター・翻訳。子育てられ中。

何かをやめて何かを始めるとき、新しいことをやりたいのか、やっていたことをやめたいのか。

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何かをやめて何かを始めるときに、やりたいことが変わったのか、前にやっていたことをやめたいのか、ってみんなどうやって判断しているのでしょうか。

 

先日、大学をやめてWebサービスを作るといった大学生(元)の記事をピックアップしました。

www.ishidanohanashi.com


別に彼が大学をやめたかったんじゃないか、と言いたいわけではありません。
そうじゃなく、一般的に新しいことに取り組んで、古いことを切り捨てるときに、古いことをやめたい言い訳に新しいことを使っているんじゃないか、と思わないか、と問いかけたいだけです。

何かに行き詰ると、その行き詰まりを正当化する理由がいっぱい湧いてくる。
私は何かに行き詰るとその行き詰まりを正当化する理由をいっぱい作り上げます。

以前英語を勉強していたんですけどね。
段々嫌になる。
そうしたら、
・英語なんてできる人多すぎるから出来ても仕事にならないんじゃないか
とか
・こっちは田舎だから英語を使った仕事なんてないよ
とか
・そのうち翻訳ソフトができて英語できるだけの人材は淘汰されるよ!
とか
そんな感じで、どうももっともらしい言い訳を思いつくわけです。

でも、なんか言い訳っぽいなって気づく。
そんなとき。
・そうだ! これからは中国語だ! 英語やめて中国語したらいいやん!
ってなると、
何だか、とっても前向き。
どこかへ進んでいっているような気がする。
だから、英語をやめて、中国語の勉強を始める。
一見、挫折には見えない。けれど、これって実は逃げなんですよね。

だって、別に英語やりながら中国語やったらいいじゃないですか。
なのに英語やめる理由ってどこにあるんでしょうか。

 

やめる理由になりそうなことは最初から考えておくべき。

「英語できても仕事ないかもしれない」とか勉強途中で思い立ったように偽装していますが、こんなの本来なら最初から考えておくべきことではないでしょうか。
いえ、本当は最初から気づいていたハズです。

でも、それを言い訳に使ってしまう。そういった意思の弱さがある。

とまあ、語学の話になってしまいましたが、別に英語やめて中国語やってもいいと思います。
積み上げたものがなくなるわけじゃないし、他の語学やることで英語に戻ってきたときに捗るということもある。本当に中国語の方が向いている可能性もある。

それでも、「ほかにやりたいことがあるから、今やっていることは手放すわ」っていうときに、その理由が今やっていることをやめたいのか、本当にやりたいことに切り替えたいのか、自分の本心は見極めた方がいいと思います。というのは、そうしないと新しくやりたいと思っていることに切り替えたときに再度同じ間違いを犯すから。また、「やっぱり、他のことにトライしたい」と思い始めるから。

本当に本心から、自分がやるべきこと、やりたいことがあって古いことを切り捨てるということ、逆に、やりたくないからやめる、ということ。どちらも悪いことだとは思いません。でも、その動機を曖昧にしたままだと、いつか結局何も残らない人間になっているかもしれません。

以上。

 

一応追記)やめたいことはやめてもいいけど、自分の心に言い訳すると後で手痛い思いをするかもしれない。