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D'ac

元銀行員。現在:写真撮影・加工。金融ライター・翻訳。子育てられ中。

命って何なんでしょうね…。

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先日お知らせしたとおり、引き続き猫の介護をしています。

 

一度は落ち着いて、「このままいくといいなあ」と思っていたのですが、そうもいかず、再度注射やら薬やらで大変な騒ぎです。
ちょっと気力が出たのか、病院へ連れていこうとしたり、薬をあげようとしたら、大変な暴れよう…。
もともとの神経質な気質も手伝って、相当ストレスが溜まっているようです。
正直、どこまでしてやったら彼女(P子とします)にとってベストなのか。どうしてやるといいのか、悩んでいます。

治療をせずに自然に任せるのがいいのか。
ストレスだのなんだの気にせず治すためには何でもした方がいいのか。
いっそのこと、安楽死を選んだ方がいいのか。

口がきけないから、何を望んでいるのか知りようもなく。

でも、例えば娘が病気だったら、彼女が治療を望まない場合であっても、無理やり治療させるでしょう。それは自分が彼女に生きていてもらわないと困るから。彼女なしの人生など考えられないから。
そういう意味でいうと、「P子が望むなら治療を放棄しよう」と考えること自体、P子を軽んじているのかもしれません。どちらにしても、「私より長生きすることはないから」とみくびっているのかもしれません。

親には「やっぱりペットショップに返品した方がよかったね」と言われます。
でも、確実に処分されるであろう場所に連れていくわけにもいかないですよね。

私は決して動物愛護者ではありません。
牛も豚も普通に食べるし、自分に見えていなければ、そういった生き物が死ぬことを良しとしています。

今、仕事を休んでいます。
でも、私の収入がなければ、治療費は出ません。
だから、そこが行き止まりになるのかもしれない。

でも、それで後悔しないか。
後悔するでしょうね。

P子が嫌がる治療を無理に受けさせることも、逆に治療を打ち止めにすることも、どちらにするにしても、結局は自分のためです。
それを「P子のためだ」とかなんとか言って、自分の罪悪感をいかに軽減できるか。私はそういうことを考えているわけです。


命って一体なんなんでしょうか。
死後の世界があるかどうか不確実な状況のなか、死はもはや取り返しのつかない出来事のように思えます。
そう考えると、どんな形であれ、どんな苦しみの中にあっても生は全肯定されるのでしょうか。
分りません。

P子がうちに来てから、まだたったの二週間です。
密度が濃すぎて、もっと長い時間を共にしているようなそんな気がします。
でも、P子がうちに来たことには意味があると思います。
というかそう思わないとやってられないだけです。
結局私は自己中な世界の中で、どうやったら自分が楽になるためにP子を楽にしてあげられるか、を延々と考え続けているわけです。

以上。


P子可愛いんで。

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目は完全には見えてないっぽい。