D'ac

元銀行員。現在:写真撮影・加工。金融ライター・翻訳。子育てられ中。

一人っ子は可哀想! って近所のおばあさんに言われたんですが。

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「一人っ子は可哀想よ。兄弟を作ってあげなきゃ」
というテロを受けました。

 

噂には聞いていたのですが、本当にソレ、人に言っちゃう人っているんですね。
義理の両親ですら「もう一人産まないとな」くらいしか言えないのに。他人って怖い…。
そのおばあさん曰く、「一人っ子は可哀想。もし、今いる子に万一のことがあったら、子どもがいなくなるのよ」とのこと。
さてさて、ということで負傷兵が息絶え絶えながら、反撃したいと思います。
 
 

子どもが何人いても、その子には代えられないんですけど。

おばあさんがいうには、子どもが「病気したり事故したり」していなくなったとき、一人だと困るとのこと。でも、他の子どもがいても、その子は今いる子どもとは全然違う子なんで、「病気や事故」で失うリスクの手当として、子どもを多くつくるのはなんか違うんじゃないでしょうか。
 
それに、子どもが2人いたけど、2人とも病気で亡くした人や、事故で2人とも失った人もいます。そんなことまで考えていくと、子どもは2人でも足りないですよね。何人産めば、心の平穏は訪れるのでしょうか。
 
 

人には人の事情がある。

私の場合は経済的なことと健康不安。
まあ、みんな色々な事情があるよね。すべての可能性に気を使えとは言いません。
でも、「一人っ子は可哀想。」っていう価値観の押しつけはいかがなものでしょうか。
 
 
「一人っ子が可哀想」な理由は「子どもには兄弟が必要」ということらしいのですが、そんなことを言われる方が可哀想、というか。「子どもを失うリスク」について考えるのであれば、一人っ子で可哀想なのはむしろ、子どもじゃなくて親だよね? なんて色々と考えたりして。とはいえ、今から100年も経てば、私はおろか子どももこの地球上から消えているんだから、そんなことを考えても仕方ないというかなんというか。
 
そんな感じで「一人っ子可哀想」テロのご報告でした。
 
ちなみに、「子どもを失ったときのリスク」については考えたことがないわけではありません。
でも、それって、結局「子どもを複数持ちたい」がための後付けの理由なんですよね。だって、今いる子の代わりになる子なんて存在しないわけだから。子どもを持ちたいというのはある意味本能で、だから、なんやかんや理屈をつけて、その本能を正当化したいわけです。
とまあ、それを他人が言っちゃいかんよね。って思ったりするわけで。
 
以上。